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中古のロードレーサー

ストレス


昨年2月に開業。翌週からは予約で一杯状態がほぼ今でも続いています。
現在は余裕がでてきましたが、当時は精神的にも、「いっぱい、いっぱい(笑)」。
仕事が休みの日も、事務仕事に追われ、それまで週に2度ほど走って、汗をかいていた時間が取れなくなってきていました。

たぶん、僕はそんなにスポーツは好きではないのですが(驚!)、それでも定期的にスポーツをしていないとストレスが溜まるタイプです。

昼休みを利用して治療室の近くのフィットネスジムに行こうかとも考えましたが、ウェイトトレーニングは好きじゃないし、あのベルトコンベアの上で走る自分もイメージ出来ず、また、食事時間との兼ね合いも考えて躊躇していました。

そんなときに思い浮かんだのが「自転車通勤」でした。
そう。もともと自分は自転車が好きだった、ということを想い出したのです。
昨年の春のことでした。

高校時代はラグビーしていたことしか想い出せませんが、中学時代から実は自転車が好きで、高校時代から、「大学に進学したら自転車レースに挑戦しよう」と考えていました。
上京して借りたアパートも自転車の練習を考えて、山に近い都下、八王子の田舎に決めたくらいです。

僕の進学した大学には体育会の自転車競技部がありました。
当時インカレで3位の強豪校で、インターハイ、国体の入賞選手がゴロゴロ推薦で入る大学だったので、まったくの「ど素人」の僕には厳しいと判断。入部を諦めました。
まあ、「入れてください」と頼んでも門前払いだったかも。
(ラグビー部なら推薦で入れたかなぁ)
でも今思えば、入ってさえいれば半年後には練習についていくレベルにはなっていたと思います。

まあそういうわけで、今は全国的に超有名になった立川の自転車屋さんが主催するチーム、「なるしまフレンド」に入って練習していました。

今日本は自転車ブームなんですってねー。
ロードのプロ選手も存在するし、アマチュアの大会も沢山開催されているようです。
いいなぁー。当時(25年以上前)はそんな大会の数も多くなく、年間3つか4つ位だったような・・・。

僕も小さいレースだけど優勝一回しています。
(雑誌の写真で見る優勝した選手の真似して、両手を挙げてゴールに飛び込んたら、バランス崩して、危なく落車しそうになりました・・・、危なかったー!)

その後、登録選手になって東日本実業団のBクラスで4位になったことがあるくらい。
3年半くらい競技生活に打ち込んだけど、個人練習主体で自分を追い込めなかった。
国体にも出れなかったし、選手としてはいまひとつ。
今の仕事のようなサポート側のほうが向いているようです。


オークション


さて、自転車通勤。
自宅から治療室まで車で測ったら10キロ強の道のり。往復20キロ。まあ問題なし。
ドイツで買ったマウンテンバイクはあったけど、通勤には・・・という感じ。
こんな25年以上もブランクあるのに、新車購入?という感じで、迷わず「eBAY」のオークションサイトへ。

結構あるんですよね。なんたって「物持ちの良いドイツ人達」ですから。
(ちなみにスキーに行くと、僕が中学時代に使っていたスキー板を見たりして、涙が出そうになるときがあります)

僕が現役の頃、憧れだったイタリア製のレーサーも500ユーロ位で売買されています。
変速レバーはダウンチューブについているタイプだけど。
ブランドでいうと、チネリ、コルナゴ、ジオスなどなどで、部品は全部カンパニョロ(イタリア製部品メーカー)で当時は45万位したかなー。
うー、大人買いして、タイムマシンで持って帰りてーぞー。

当時(1980年前半)僕のレーサーは専門ショップのセミオーダーフレームにシマノのデュラエースつけて、22~23万くらい。ペダルとシフトレバーだけカンパニョロだったなぁ(涙)。
ホイールも練習用と決戦用の2ペアを用意。決戦用のタイヤはクレメンのクリテリウム。
今もあるのかな?あのタイヤ。当時で一本1万円したもんな。

最後は練習にもおろして使っちゃったけど、コーナリングは最高でした。
クレメンのセタも伊豆のCSCで使いたかったけど、一本1万4千円は出せませんでした。
他にもピスト(競輪場で走るタイプの自転車)も持っていたし・・・。
バイト代全部つぎ込んでいましたね。

今でも鮮明に覚えているけど、初めて出場するレースに備えてこのタイヤを立川のショツプに買いに行ったら、
「こんな良いタイヤ買ってどうすんの?」って、メカニックのHさんは最初売ってくれなかった。
「レースに出るんで・・・」と説明したらやっと売ってくれました。そういう親切(!)なお店でした。

今では都内にも2店舗を構え、「ロードレーサーの殿堂」的なショップになっています。
ネットで拝見すると会長も70歳を超えてなお現役で走られています。
当時も速かった会長。

優勝を報告したとき頂いた、お褒めの言葉を、今でも昨日の事のように想い出します。
僕の事覚えてないだろうなぁ(寂)
会長の御健勝とお店の発展を、ドイツより祈っています。


ロードレーサー購入


さて、買うと決めたらサイトを見る目も真剣になります。
オークションの決済日は日曜日が多いのですが、何週か競り負けた後に出てきた、イタリア車。
サイズもばっちり。色も好きな赤。パーツはあの当時夢にまでカンパニョロのフル装備。
なんとホイール(車輪)までカンパニョロ(当時は無かったです)ではないですか。

オークションを見ているとたまに経験するのですが、
「え?何でこの値段で落ちるの?」という、ブラックホール的にバイヤーの関心が一度に他に行ったのではないか?と疑われるときがあります。
きっとこちらでは、ワールドカップのサッカーなんかのイベントのときではないかしらん?

このときはそんなイベントなど何も無かったのですが、日曜日の夜、オークションのゴールデンタイムの20時に350ユーロで落札しました(喜)。


初めてのイタリア車


「バッソ」というイタリアではけっこう知られた自転車メーカーです。
このレーサー、うーん・・・、12~13年前くらいのものかなぁ。
フレームはクロモリ。傷はあるけど気にならない程度。


DSC00613_20080915070447.jpg


パーツはカンパニョロのベローチェ。上から4番目のカテゴリーでまあ初級者用のパーツでしょうか。最新のベローチェは雑誌のインプレッションを読むとかなり精度が高いようで、レースにも使えるレベルらしい。
変速は前が53×42。後ろは8段変速。フラットなコース、通勤には十分です。


DSC00617_20080915070318.jpg



ハンドル周りは3T。現役の頃はハンドルの上が持ちやすかったのでチネリの(ジロデイタリア)を使っていたのですが、このハンドルとステムに密かに憧れていました。
ハンドルバーとステムのバランスが美しい。


DSC00618_20080915070133.jpg



このパーツ群で一番美しいのがブレーキ。 この曲線美!デザイン!イタリアだなぁ!


DSC00616.jpg


両者を使い比べていないので予想というか、感覚的なニュアンスになりますが、この当時のこの価格帯での性能を考えたら、たぶん日本製(シマノ)に軍配が上がると思います。

でもカンパニョロは昔からの憧れ。フリーのラチェットの音とか、良いねー。
違うんだよねー、やっぱり。何かが。

買ったときについていたタイヤは古くて使い物にならず、即交換。
チェーンととハンドルのバーテープも交換。
サドルとペダルも別に買って用意していたものに交換。
(写真ではサドルも購入時のものに、ペダルははずしています)

最初のタイヤは耐久性が良いという評判の仏製のミシュラン、クリリオン。
幅はロードレーサーでは標準の23ミリ。フレームにあわせて赤ライン。
評判どおり耐久性群群でパンクに強く、通勤にはベストのタイヤではないかしらん。
だけど雨には弱い。もう「ずるっずるっ」でした。

ドイツは秋に入ると良く雨が降るんですよねー。
歩道も走らなければならない場合も多く、何度も冷や汗をかきました。

よってタイヤを28ミリのコンチネンタルに交換。
タイヤの太さによる路面抵抗が変えた直後気になったけど、雨天のグリップを優先しました。
雨でも走るので。
とても良いタイヤです。23ミリも試してみたいです。


DSC00619_20080915070558.jpg


仕事が朝8時の予約が入っている場合、走る時間を30分みて、6時50分過ぎには家を出ます。
ラストの予約が18時半の場合、終わって治療室を出るのが20時近く。
当然、行きも帰りも真っ暗!!。
もちろんライトも沢山つけています。
しばらくこのレーサーで通勤していたのですが、ドイツの冬は予想以上に厳しかった・・・。

寒さよりも、「暗さと雨」ですね。
交換したとはいえタイヤが細いので気温の低いときは、段差でスリップの危険があるし、レーサーはスピードが出るので、歩行者や車が気づいてくれない。
けっこう危ない目に何度も遭遇し、真冬のレーサー通勤は危険、と判断。

この後、マウンテンバイクを購入します。






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theme : 医療・病気・治療
genre : 心と身体

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プロフィール

shiatsukenkodo

Author:shiatsukenkodo
--------------------------------------------
・石川 正使 丑年生まれ

・在独28年(治療師歴28年)

・独日の治療国家資格を持つ、世界で一番患者さんに恵まれている治療師

・指圧師
 独・医療マッサージ師
 独・理学療法士
 独・リンパドレナージュ
   治療師
 独・スポーツ理学療法士

・ドイツスキーナショナルチームの専属治療師として世界中を転戦

・ドイツチームでオリンピックに参加した唯一の日本人

・渡独前の夢はすべて実現させました

・お陰様で自分の腕一本で海外生活させていただいています。

・今が一番楽しいです

----------------------

・仕事で一番大事な指の怪我が心配で、高校1年生からのめり込んだラグビーを、40歳で引退

・ラグビーを辞めても、好きなスポーツの順番は変わらず、ラグビー、自転車、スキーの順

・健康維持とストレス発散の為、一年中、毎日往復20kmの自転車通勤で、体力抜群のドイツ人相手にバトルを繰り返す毎日を送っている、下りが苦手な元登録レーサー

・生涯のモットーは、

 「人生は強気で行く」
 
 「本物を目指す」

・ ライフワークは

 「治療の探求」

 「ドイツ語の上達」

----------------------

・どう見られるかより「どう在りたいか」を常に自分に問いたい

・21歳で天職と決めたこの仕事で「知命」を迎え、全ての夢を叶え、生計を立てられる幸せを沸々と感じる昨今

・「職人」「求道心」「前進」

・ブレない生き方

・「初心」「基本」「患者さんを思う心」の難しさ、大切さが最近やっと解りかけてきました

・25年以上もかかってやっと、「治療の基礎」が確立してきたかなぁー、と思う今日この頃

・それに比例して日々増していく「治療は難しい」という思い

・治療を追求すればするほど天井の低い「先細りの筒の中」を進んで行く感じがします

・治療でも人生でも最後の勝負を決するのは、「気」ではないかと考えています

・全ての夢を叶えさせてくれたドイツに感謝

・90歳まで現役治療師として、患者さんに喜んで頂き、社会に貢献する事を、毎朝深く祈念しています

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